2017年度セミナー
今年度後期は水曜日午後2時からセミナーを行います。 このセミナーの他にも、毎週火曜日 15時から本郷理学部1号館447号室にて行われる統計力学セミナーにも参加しています。
日程 | 時間 | 講演者 | タイトル・アブストラクト |
2月19日(月) | 14:00 |
伊藤康介さん (名大・林研) |
時間とエネルギー不確定性原理による、量子マシンの仕事率の普遍限界 アブストラクト |
1月24日(水) | 14:00 |
川久保龍一郎さん (慶應大・古池グループ) |
無限個のコヒーレント状態の識別問題 アブストラクト |
1月17日(水) | 14:00 |
田島裕康さん (理研・中村研) |
量子系からの仕事の取り出しに関する trade-off relations アブストラクト |
1月10日(水) | 14:00 |
阪野塁さん (東大・物性研) |
近藤量子ドットを流れる非線形電流のショットノイズとベル相関 |
12月13日(水) | 14:00 |
松久勝彦さん (東大・筒井研) |
Categories for the working physicist アブストラクト |
12月6日(水) | 14:00 |
鈴木泰成さん (東大・小芦研) |
通常の計算機を用いた量子誤り訂正符号の効率的な評価 アブストラクト |
11月22日(水) | 14:00 |
田村亮さん (NIMS) |
機械学習による材料科学研究事例の紹介 ー 量子力学的力場や有効モデルの推定,ニオイセンサシグナル解析 ー アブストラクト |
11月15日(水) | 14:00 |
竹居正登さん (横国大数理科学) |
記憶のあるランダムウォークの極限挙動 アブストラクト |
10月4日(水) | 14:00 |
工藤和恵さん (お茶大情報) |
反強磁性ポッツ模型によるプログラム編成の半自動化 アブストラクト |
8月10日(木) | 10:00 いつもと曜日・時間が違います |
Dr. Ananya Ghatak (IISc-Bangalore) |
Dealing with non-Hermitian quantum systems アブストラクト |
8月8日(火) | 10:30 いつもと曜日・時間が違います |
大石知広さん (Padova大学) |
二核子放出崩壊の時間発展三体模型による解析 アブストラクト |
7月21日(金) | 14:00 | 李 宰河さん (国立情報学研究所) |
量子化および擬確率分布の随伴構造と不確定性関係について アブストラクト |
7月14日(金) | 14:00 | 設楽 智洋さん (東大・上田研) |
線形応答理論に基づく量子Fisher情報量の決定法 アブストラクト |
7月7日(金) | 13:00 いつもと時間が違います |
川畑 幸平さん (東大・上田研) |
パリティ・時間対称な量子開放系における情報の回復と臨界性 アブストラクト |
6月30日(金) | セミナーなし | ||
6月23日(金) | 10:20~17:25 | 研究実験棟Ⅰ 3階大会議室 |
ワークショップ「物質科学におけるデータ科学の視点」 |
6月16日(金) | 14:00 | 長谷川 靖洋さん (埼玉大) |
ナノワイヤー材料の熱伝導率減少について アブストラクト |
6月9日(金) | 14:00 | 饗場 行洋さん (野村證券) |
金融工学研究センターでの研究紹介 アブストラクト |
6月2日(金) | 14:00 | 荒畑 恵美子さん (首都大) |
有限温度における超流動Bose原子気体の量子渦格子形成シミュレーション アブストラクト |
4月28日(金) | 14:00 | 小渕 智之さん (東工大・樺島研究室) |
複素半古典計算によるロシュミットエコーの解析と動的量子相転移 アブストラクト |
4月14日(金) | 14:00 | 蘆田祐人さん (東大・物理・上田研) |
Quantum critical phenomena under measurement backaction アブストラクト |
第1回
講師:蘆田祐人さん(東大・物理・上田研)日時:4月14日(金)午後2時〜
題目:Quantum critical phenomena under measurement backaction
アブストラクト:
Recent realization of quantum gas microscopy has offered the possibility of continuous monitoring of quantum many-body systems at the single-particle level [1,2]. In this talk, we ask how the measurement backaction influences on quantum critical phenomena in such a situation. By analyzing effective non-Hermitian Hamiltonians for interacting bosons in an optical lattice and continuum, we demonstrate that the backaction of quantum measurement shifts the quantum critical point and gives rise to a unique 1D critical phase [3]. We will also discuss exotic quantum critical phenomena in parity-time symmetric many-body systems [4], where we find the emergence of a new universality class and unconventional renormalization group flows beyond the Hermitian paradigm.
References:
[1] W. Bakr et al., Nature 462, 74 (2009).
[2] YA and M. Ueda, PRL 115, 095301 (2015).
[3] YA, S. Furukawa, and M. Ueda, PRA 94, 053615 (2016).
[4] YA, S. Furukawa, and M. Ueda, to appear in Nat. Commun. (arXiv:1611.00396).
第2回
講師:小渕 智之さん(東工大・樺島研究室)日時:4月28日(金)午後2時〜
題目:複素半古典計算によるロシュミットエコーの解析と動的量子相転移
アブストラクト:
近年の実験技術の上昇に伴い、孤立量子系のダイナミクスに対する関心が高まっている。 関連する話題の内、本講演では、動的量子相転移と呼ばれる、波動関数の初期状態との オーバーラップ(ロシュミットエコー)に現れる特異性に関する話をする。
ロシュミットエコーは、分配関数と形式的類似があるが、実はそれよりも計算しづらい上に 物理的意義が不明確な量である。そのため過去の研究の多くは、可解模型の解析もしくは 対称性が良い領域からのスケーリング的議論に基づいて、一般的性質を類推する、という ものにとどまっていた。この技術的問題を解決すべく、最近我々は、ロシュミットエコーを 一般的状況で近似的に計算する手法を経路積分を通じた半古典計算に基づいて開発した[1]。 スピン系の経路積分がill definedなことと関連して、通常の半古典計算ではうまくいかないのだが、 力学変数を複素数に拡張し、更に境界条件への特殊な接続条件を導入することでこれらは解決された。
講演では、この手法の解説とそれを全結合強磁性イジングモデルに適用した結果を解説する。 近年、動的量子相転移を実験的に観測する試みが始まっているが[2]、可能であれば、実験や 量子エンジニアリングにおける応用についても議論したい。
[1] T. Obuchi, S. Suzuki, K. Takahashi, arXiv:1702.05396
[2] P. Jurcevic, H. Shen, P. Hauke, C.Maier, T. Brydges, C. Hempel, B.
P. Lanyon, M. Heyl, R. Blatt, C. F. Roos, arXiv:1612.06902
第3回
講師:荒畑 恵美子さん(首都大)日時:6月2日(金)午後2時〜
題目:有限温度における超流動Bose原子気体の量子渦格子形成シミュレーション
アブストラクト:
量子渦は超流動特有の位相欠陥であり、超流動の性質をよく反映することから、理論、実験の両面から盛んに研究されている。冷却原子気体の凝縮体の運動はGross-Pitaevskii(GP)方程式でよく記述され、量子渦形成の理論研究の多くも絶対零度のGP方程式を用いて行われている[1]。渦形成には散逸の効果が必要であるが、多くの理論的研究ではGP方程式に散逸を現象論的に導入することでその効果を記述している。しかし、量子渦形成のダイナミクスの包括的理解のためには凝縮体から散逸した非凝縮体の影響を微視的に明らかにする必要がある。非常縮体の重要性について、2001年JILAグループより非凝縮体を回転させてから凝縮する温度まで冷却することにより、効率的に量子渦を生成することができると実験的に報告されている[2]が、理論的解析は行われていない。
Bose原子気体における量子渦形成について凝縮体と非常縮体を同時に扱うことの出来る理論の一つに、Zaremba-Nikuni-GriffinI (ZNG) 理論[3]がある。ZNG理論ではGP方程式を用いて凝縮体の運動を、Boltzmann 方程式を用いて非凝縮体の運動を記述するため、微視的機構に基づいた散逸項の計算が可能になり、非凝縮体の効果が詳しく議論できる。
本講演では、ZNG理論を用いた数値シミュレーションの結果について紹介する。特に、非凝縮体が渦形成に与える影響について詳しく議論する。
[1] M.Tsubota, K. Kasamatsu and M.Ueda, Phys Rev A 65 023603(2002)
[2] P. C. Haljan, I. Coddington, P. Engels, and E. A. Cornell, Phys. Rev. Lett 87 210403 (2001)
[3] A. Griffin, T. Nikuni, and E. Zaremba, J. Low. Temp. Phys. 116 277 (2009)
第4回
講師:饗場 行洋さん(野村證券)日時:6月9日(金)午後2時〜
題目:金融工学研究センターでの研究紹介
アブストラクト:
筆者が兼務している野村證券金融工学研究センターのインデックス業務室とクオンツ・ソリューション・リサーチ部、それぞれについての話題を提供したい。 前半では、日経平均やTOPIXに代表される株価インデックスの役割について説明し、その上でインデックスを用いた資産運用にまつわる困難と、それを解決するための取り組みについて紹介する。後半では、近年話題の深層学習を、経済・金融テキストに応用した事例について紹介したい。
第5回
講師:長谷川 靖洋さん(埼玉大)日時:6月16日(金)午後2時〜
題目:ナノワイヤー材料の熱伝導率減少について
アブストラクト:
熱電変換素子のエネルギー変換効率は、熱伝導率の大きさに逆比例することもあり、如何に既存材料の熱伝導率を減少させるか大きな鍵となる。発表者は、熱電変換応用を想定したBiナノワイヤー熱電変換素子の開発を進めており、Biはフォノンの平均自由行程が液体ヘリウム温度で数mmあることが知られており、熱伝導率のサイズ効果も報告さている。つまり、Biをナノワイヤー化すると、ワイヤー表面でのフォノン散乱が促進され、フォノン熱伝導率が大きく変化することが予想されている。
本発表では、実験から評価されたキャリア移動とキャリア密度を利用し、2キャリアのボルツマン方程式を基にしたキャリア熱伝導率とデバイモデルによるフォノン熱伝導率を評価することで、Biナノワイヤー熱電変換素子における熱伝導率のワイヤー直径・温度依存性を評価する。これを基に、キャリア熱伝導率がほぼ無視できる系となるSiなどを代表とする共有結合性結晶をナノワイヤー化した場合ので熱伝導率評価を行っていく。
Reference:
Yasuhiro Hasegawa, Masayuki Murata and Daiki Nakamura, Takashi Komine, “Reducing thermal conductivity of thermoelectric materials by using a narrow wire geometry”, Journal of Applied Physics, Vol. 106, pp.063703 1-7 (2009).
第6回
講師:川畑 幸平さん(東大・上田研)日時:7月7日(金)午後1時〜いつもと開始時間が異なります
題目:パリティ・時間対称な量子開放系における情報の回復と臨界性
アブストラクト:
非エルミートだがパリティ・時間(PT)対称な開放系 [1] は、非平衡開放系特有の豊かな現象が見られることから、光学や原子物理をはじめとして、物理の幅広い分野で近年注目を集めている。古典系での観測例は PT 対称な系に関する研究を大きく進展させ [2]、量子系においても冷却原子系で PT 対称性の破れが観測されている [3]。PT 対称な量子開放系への理解についても大きな関心が集められてきたが [4]、情報論的な研究はこれまでなされてこなかった。
本研究において [5]、われわれは PT 対称な量子開放系と環境のあいだに生じる情報の流れについて一般的な状況下で調べた。その結果、環境に流出した情報を系が完全に回復するという、非 Markov 効果が PT 対称な系では現れうることを明らかにした。また、PT 対称な量子開放系をより大きな閉鎖系のなかに埋め込むことで、情報の回復の物理的起源が、系とエンタングルした環境自由度の有限性にあることを見出した。さらに、実験で実現可能ないくつかの具体例についても議論する。
Reference:
[1] C. M. Bender and S. Boettcher, Phys. Rev. Lett 80, 5243 (1998).
[2] C. E. Rüter et al., Nat. Phys. 6, 192 (2010).
[3] J. Li et al., arXiv: 1608.05061.
[4] D. C. Brody and E.-M. Graefe, Phys. Rev. Lett. 109, 230405 (2012).
[5] K. Kawabata, Y. Ashida, and M. Ueda, arXiv: 1705.04628.
第7回
講師:設楽 智洋さん(東大・上田研)日時:7月14日(金)午後2時〜
題目:線形応答理論に基づく量子Fisher情報量の決定法
アブストラクト:
量子Fisher情報量は、量子状態の推定精度の限界や多体エンタングルメントの有無など、量子状態についての様々な有用な情報を与えることが知られている。Fisher情報量は、状態空間上の計量であって任意の操作に対し単調に減少するものとして特徴づけることができる。Fisher情報量は古典論では一意に定まるが、量子論ではこのような計量は無数に存在する[1]。これら無数の量子Fisher情報量が単調性を超えてどのような操作的意義を持つのかについて、これまで統一的な理解は無かった。
本研究では、一般の量子Fisher情報量が測定可能量とどのような関係にあるかを線形応答理論を用いて明らかにした[2]。具体的には、揺動散逸定理を一般化することにより、一般化共分散(共分散を非可換な物理量同士に一般化したもの)と線形応答関数との間の定量的関係を導いた。この一般化揺動散逸定理を用いて、熱平衡状態における複素アドミッタンスを測定することによりあらゆる種類の量子Fisher情報量の値を一度に決定することが出来る。
参考文献
[1] D. Petz, Linear Algebra Appli. 244, 81 (1996).
[2] T. Shitara and M. Ueda, Phys. Rev. A 94, 062316 (2016).
第8回
講師:李宰河さん(国立情報学研究所)日時:7月21日(金)午後2時〜
題目:量子化および擬確率分布の随伴構造と不確定性関係について
アブストラクト:
前世紀の初頭に発見された量子論において、可観測量(英:Observable)の非決定性や非両立性は、我々が日常で馴染んでいる決定的で実在的な古典論の世界に対する疑惑を投げかけるものとして、驚きをもって迎えられました。古典可観測量を非可換化する「量子化」の手続き、また非可換な量子可観測量の組の確率的挙動を仮想的に記述する「擬同時確率分布」の構成法の研究は、量子論を理解する取り組みの一例であり、初期の研究としては Wigner-Weyl 変換 [1-2] がよく知られています。
本研究は、これら量子化や擬古典表現の一般論を議論する上で、「擬同時スペクトル分布」に基づく新しい手法を提案するものです [3-4]。量子化および擬確率分布は、従来それぞれ多数の構成法が知られていましたが、本枠組みでは可観測量と状態の双対性に着目することで、これらの量子化および擬確率分布の構成法には一対一の関係があることを指摘しました。また、これらの「量子化・擬確率分布」の構成法には、一般に無数の種類があることを具体的な構成法とともに明示しました。
さて、このような量子可観測量の非両立性を端的に表すものとして不確定性関係が古くから知られており、現在も活発な研究の対象となっています。本理論の枠組みから不確定性関係を議論することで、「近似・推定の不確定性関係」と解釈される新しい不等式が導出され、そこに Aharonov の弱値 [5] が本質的な役割を果たすことも分かりました。さらに、Robertson-Kennard の不確定性関係と、いわゆる時間・エネルギーの不確定性関係と解釈される不等式も、この特別な場合として同じ枠組みから導出されます [6]。
[1] H. Weyl, Zeitschrift für Physik, 46(1):1-46 (1927).
[2] E. Wigner, Phys. Rev., 40:749 (1932).
[3] J. Lee and I. Tsutsui, Prog. Theor. Exp. Phys., 2017 (5): 052A01 (2017).
[4] J. Lee and I. Tsutsui, NWW 2015, Proceedings (2017). arXiv:1703.06068.
[5] Y. Aharonov, P. G. Bergmann, and L. Lebowitz, Phys. Rev., 134:B1410 (1964).
[6] J. Lee and I. Tsutsui, Phys. Lett. A, 380, 24, pp. 2045, (2016).
第9回
講師:大石知広さん(Dipartimento di Fisica e Astronomia "Galileo Galilei", Università Degli Studi di Padova)日時:8月8日(火)午前10時30分〜
題目:二核子放出崩壊の時間発展三体模型による解析
アブストラクト:
核子(陽子、中性子、ラムダ粒子など)の多体系である原子核は、それを構成する粒子数やエネルギーによって、多種多様な物理的特性、現象を見せる。そのうちの一つに、21世紀初頭に発見された「二核子放出崩壊」がある。 これは新種の放射性崩壊モードであり、その解明は、核子間の相互作用(核力)や開放量子系の理解につながることが期待されている。
二核子放出崩壊は、本質的には多体系の共鳴状態によって記述される現象である。したがって、通常の束縛系に対する量子力学は適用できず、非エルミートあるいは時間発展的な拡張が必要となる。
本セミナーでは、共鳴状態に対する時間発展的な解法と、二核子放出崩壊への応用を紹介する。共鳴状態や開放量子系といった概念が、放射性崩壊などの解析にとって本質的に重要となることを、実際の研究例から読み取っていただければ幸いである。
第10回
講師:Ananya Ghatakさん(Indian Institute of Science, Bangalore)日時:8月10日(木)午前10時〜
題目:Dealing with non-Hermitian quantum systems
アブストラクト:
Recently the study of certain classes (namely, PT-symmetric and/or pseudo Hermitian) of non-Hermitian quantum systems have been attracted lots of interests as one can have fully consistent quantum theories by restoring the Hermiticity and by upholding the unitary time evolution for such systems in a modified Hilbert space. We would discuss on the formal development and various implementable aspects of non-Hermitian quantum theories in different branches of physics such as quantum optics, quantum information theories, condensed matter physics, biophysics etc.
第11回
講師:工藤和恵さん(お茶大情報)日時:10月4日(水)午後2時〜
題目:反強磁性ポッツ模型によるプログラム編成の半自動化
アブストラクト:
多数のパラレルセッションが進行する大きな研究会や学会のプログラム編成は、非常に煩雑な作業である。講演情報を集めたあと、同じ分野の講演をまとめてセッションを組み、各セッションに時間枠を割り当て、さらに発表会場を割り当てる。特に大変なのは、時間枠を割り当てる作業で、いくつもの制約を考慮して時間割を組まなくてはならない。この負担を軽減するのが、プログラム編成の半自動化の目的である。セミナーでは、反強磁性ポッツ模型を利用して日程案を自動的に作成する方法を詳しく説明する。また、日本物理学会の領域11のプログラム編成に実際に適用した例も紹介する。
参考文献:
K. Kudo, J. Phys. Soc. Jpn. 86, 075002 (2017)
第12回
講師:竹居正登さん(横国大数理科学)日時:11月15日(水)午後2時〜
題目:記憶のあるランダムウォークの極限挙動
アブストラクト:
1986年頃,Coppersmith and Diaconisは,初めて訪れる街を散策するときの旅人の動きを表すような「強化ランダムウォーク」(Reinforced Random Walk)を提案した:当初はどの道も同じぐらい不慣れなので等確率で道を選ぶが,時間が経つにつれて,過去に通った道ほど選びやすくなるであろう.今回のセミナーでは,このような「記憶をもつランダムウォーク」のモデルに対する基本的な解析手段と結果を概観し,半直線上のRRWの行動範囲の広がり方に関して得られた結果を紹介する.
第13回
講師:田村亮さん(物材機構・東大新領域)日時:11月22日(水)午後2時〜
題目:機械学習による材料科学研究事例の紹介 ー 量子力学的力場や有効モデルの推定,ニオイセンサシグナル解析 ー
アブストラクト:
現在,材料科学分野ではデータ駆動型研究が注目されている.材料科学には,材料構造データ,実験測定データ,第一原理計算データといった様々な種類の材料データが存在する.一般的に,これらのデータの取得には長時間測定や長時間シミュレーションが必要な場合が多く,簡単にデータを収集することが困難である.そのため,既知材料データを機械学習のトレーニングデータとすることで未知材料データを推定し,材料開発の高速化を目指す研究が,材料科学におけるデータ駆動型研究である.講演者は,材料科学分野の様々な部分の高速化及び,材料開発に重要な情報の抽出を目指し,様々な種類の材料データを対象としたデータ駆動型研究を実施している.本セミナーでは,第一原理計算を入力としたカーネル法による量子力学的力場推定,実験測定データを入力としたベイズ統計による有効モデル推定,ニオイセンサーのシグナルから特定の情報を抽出する手法開発など講演者が携わったいくつかの事例を紹介し,材料科学と機械学習の融合研究の可能性について議論する.
第14回
講師:鈴木泰成さん(東大・小芦研)日時:12月6日(水)午後2時〜
題目:通常の計算機を用いた量子誤り訂正符号の効率的な評価
アブストラクト:
現在、量子誤り訂正の実現に向けた量子計算機の研究開発が世界中で加熱している[1,2,3]。ある誤り訂正手法がノイズに対して持つ耐性や性能は、通常の計算機の場合は計算機が誤りを訂正する過程を別の信頼できる計算機でシミュレートすることで効率的に評価できる。一方、量子計算機の場合、量子計算機がノイズを量子誤り訂正する過程を効率的にシミュレートするには一般に別の信頼できる量子計算機が必要となる。しかし、我々は信頼できる量子計算機を持たずに、量子計算機を開発しようとしているので、開発にあたって量子計算機の能力を前提にすることは出来ない。これを例えば通常の計算機で非効率に量子計算機をシミュレートすることで解決しようとすると、小さい規模の量子誤り訂正でも莫大な計算時間が必要となってしまう[4]。
本発表では、現状信頼できる量子計算機を持たない我々が量子計算機を開発するにあたって向き合うことになるこうした課題について概説する。これらの問題を踏まえ、我々が通常の計算機を用いて効率的に実現可能な量子計算の要素技術の範囲について述べる。さらに、発表者らが研究を行っているマッチゲートを用いた量子誤り訂正符号の性能評価[5]について解説する。
参考文献
[1] J. Kelly, et al., Nature 519, 66 (2015)
[2] A. Corcoles, et al., Nature communications 6, 6979 (2015)
[3] D. Riste, et al., Nature communications 6, 6983 (2015)
[4] Y. Tomita and K. Svore, Phys. Rev. A 90, 062320 (2014)
[5] Y. Suzuki, K. Fujii, and M. Koashi, Phys. Rev. Lett. 119, 190503 (2017)
第15回
講師:松久勝彦さん(東大・筒井研)日時:12月13日(水)午後2時〜
題目:Categories for the working physicist
アブストラクト:
圏論(category theory)(例えば [1,2])は、数学的対象よりはその間の「写像」に焦点を当てた、ある種のメタ数学である。数学の広い範囲に渡って、多くの語法や構成が圏論の共通の語法によって特徴づけることができ、分野横断的なアナロジーの観察、相互輸入を可能にする。現状、よく普及している物理理論の中では、圏論の語法の導入が不可避となる例はあまりないが、初歩的な物理に登場する数学の例であっても、圏論的な普遍性による特徴づけや「自然性」を見出す事ができ、さらにそれが期待される物理的性質を反映している事が少なくない。そのような場合は、例えば「なぜ◯◯という構造でなければならないか」という基礎(論)的疑問について、一定の必然性が担保されることになる。多様化複雑化する理論物理において、圏論的語法にはそれらの理解や結びつけを容易にするポテンシャルがあると思われる。本セミナーでは、こうした物理学者にも馴染みある数学的構造の事例を引き合いに出しながら、圏論の基本的語法を概観し、最後に量子基礎論におけるいくつかの話題を、圏論的語法にからめて紹介したい [3-5]。
参考文献
[1] Saunders MacLane, Category for the working mathematician 2nd ed, Springer (1978).
[2] Emily Riehl, Category theory in the context, Dover (2016).
[3] S. Abramsky, B. Coecke, arXiv:0808.1023 (2008).
[4] B. Jacobs, J. Mandemaker, EPTCS 95, pp. 143-182 (2012).
[5] I. Hamamura, arXiv:1709.07987 (2017).
第17回
講師:田島裕康さん(理研・中村研)日時:01月17日(水)午後2時〜
題目:量子系からの仕事の取り出しに関する trade-off relations
アブストラクト:
熱機関による仕事の取り出しは一般に、あるコントロールパラメータ(例えばピストンの位置)を操作し、それに対する反動として、エントロピーや分散の小さい「力学的なエネルギー」である仕事を得るものとしてイメージされる。このイメージを直接的に反映して、量子統計力学において熱機関を解析する時、熱機関および熱浴のダイナミクスは時間変化するパラメータ λ(t) に依存するハミルトニアン H_{λ(t)} によるユニタリーな時間発展として記述される。このモデルは standard model とよばれ、第二法則を量子統計力学上で再現する試みなどに幅広く使われている [1-3]。この時暗黙裡に、何らかの理想化された極限において、このモデルは現実の熱機関のよい近似として振舞うことが仮定されている。この仮定は正しいだろうか?答えは直観に反して NO である。熱機関および熱浴の時間発展がユニタリーに十分近くなるようなとき、量子熱機関は通常我々がイメージする(マクロな)熱機関とは異なる振る舞いを示す [4,5]。例えば、熱機関及び熱浴の時間発展がユニタリーに近いとき、取り出された仕事を溜める系(おもりの系)のエネルギー揺らぎは、取り出された仕事の期待値よりはるかに大きくならなくてはならない。この事実は、時間発展がどのくらいユニタリーに近いかを表す指標 δ_U と、おもりの系のエネルギー揺らぎ δ_E の間の以下の不確定性関係の帰結である [5]:
δ_Uδ_E ≧ \|[U_S,H_S]\|/40
このトレードオフ、およびそのほかのいくつかのトレードオフによって、我々がイメージするような熱機関の振る舞いを量子統計力学上で解析する際、standard model より広いクラスの時間発展を許すモデルが必要になることを様々な角度から示すことが出来る。今回の talk ではこれらのトレードオフを紹介し、併せて standard model をどのように拡張すべきかについての簡単な考察を行う。
参考文献
[1] A. Lenard, J. Stat. Phys. 19, 575 (1978).
[2] J. Kurchan, arXiv:cond-mat/0007360 (2000).
[3] H. Tasaki, arXiv:cond-mat/0009244 (2000).
[4] M. Hayashi and H. Tajima, Phys. Rev. A 95, 032132 (2017).
[5] H. Tajima, N. Shiraishi and K. Saito, arXiv:1709.06920(2017).
第18回
講師:川久保龍一郎さん(慶應大・古池グループ)日時:01月24日(水)午後2時〜
題目:無限個のコヒーレント状態の識別問題
アブストラクト:
古典論では、相空間の一点で代表される状態たちは互いに識別可能であると前提されている。この意味で古典論における状態識別問題は自明である。相空間の一点で表される古典状態をコヒーレント状態で置き換え、また識別性を量子状態識別の一種である unambiguous discrimination [1-3] に基づいて定義することで、量子論においても同様の識別問題を立てることができる。こうして得られる識別問題が本発表の主題であるコヒーレント状態の識別問題である。
有限個のコヒーレント状態が識別可能であることは先行研究により示されている [4]。そこで著者らは無限個のコヒーレント状態の識別性を論じた [5]。無限個のコヒーレント状態には識別可能な例もあれば識別不能な例もある。とりわけ興味深い例は von Neumann 格子である。Von Neumann 格子は古典力学的相空間の格子点に対応するコヒーレント状態の組である。識別性の観点からこの格子の既知の性質を再検討することにより、Planck 定数の測定論的な一つの特徴づけが得られる。
参考文献
[1] I. D. Ivanovic, How to differentiate between non-orthogonal states, Phys. Lett. A 123(6) 257 (1987).
[2] D. Dieks, Overlap and distinguishability of quantum states, Phys. Lett. A 126(5-6) 303 (1988).
[3] A. Peres, How to differentiate between non-orthogonal states, Phys. Lett. A 128(1-2) 19 (1988).
[4] A. Chefles, Unambiguous discrimination between linearly independent quantum states, Phys. Lett. A 239(6) 339 (1998).
[5] R. Kawakubo and T. Koike, Distinguishability of countable quantum states and von Neumann lattice, J. Phys. A: Math. Theor. 49 265201 (2016).
第19回
講師:伊藤康介さん(名大・林研)日時:02月19日(月)午後2時〜
題目:時間とエネルギー不確定性原理による、量子マシンの仕事率の普遍限界
アブストラクト:
従来熱力学では、一般には動作時間を考慮しないか、無限時間の仕事量に対する普遍法則を確立してきた。一方、有限時間を考慮し、熱機関の単位時間あたりの仕事量である仕事率に対する普遍法則(どこまで普遍的な法則があるか分からないが)を確立することは、現実的により重要であるが、よりチャレンジングな問題である。近年、マルコフ性の仮定のもと、カルノー効率と有限仕事率とが両立しえないというトレードオフ関係を示す、仕事率に対する上限が導かれた [1,2] ことで、仕事率の普遍的理解への大きな進展があった。しかし、仕事率についての普遍法則は、未だ完全には確立されていない。実際現時点では、一般的にはカルノー効率と有限仕事率を両立しうる可能性も否定されていない [3]。特に、どのレベルで、何が仕事率の限界を決めるのか、系統的・普遍的な理解が望まれる。
そこで、その理解への一歩として、出来る限り少ない仮定のもと、一般的な量子系からの仕事の取り出しを考え、基本的量子論レベルで定まる仕事率の普遍限界を調べる。作業物質となる量子系 S と、これと相互作用して仕事を取り出すコントローラー系 A を量子マシンとして考える。特に、系 A には相互作用のオン・オフのスイッチまで陽に含めることとし、全系のハミルトニアンは時間変化しないが、操作の開始時刻までは2つの系は分離していることを仮定する。普遍限界の導出のための本質的仮定は、これだけである。このような一般的な量子マシンにおいて成立する、仕事率の上界を与える普遍的な不等式を示す [4]。この不等式によると、仕事率の限界は、コントローラーのエネルギーゆらぎによって特徴づけられ、エネルギーゆらぎが十分大きくなければ、仕事率は大きくできない。つまり、コントローラーのエネルギーゆらぎが、仕事率を得るためのリソースであることが明らかになる。この仕事率限界は、時間とエネルギーの不確定性原理 [5] にもとづく、量子力学的な時間発展の速度限界から来ており、量子論の基礎レベルで定まる仕事率の限界といえる。 さらに、コントローラー全体が、取り出した仕事を蓄える場合を考えると、仕事によるエネルギー増分を検出する際のノイズと仕事率とのトレードオフ関係として捉えることができ、検出可能な仕事量を得るためにかかる時間スケールが導かれる。また、理想的な時計仕掛けの量子マシンを具体モデルとして考えると、その仕事率として、我々のバウンドに定数因子 $\pi^{-1}$ をかけたものが達成できるという意味で、我々の不等式が緩過ぎないことも立証される。
参考文献
[1] N. Shiraishi, K. Saito, and H. Tasaki, Phys. Rev. Lett. 117, 190601 (2016).
[2] N. Shiraishi and H. Tajima, Phys. Rev. E 96, 022138 (2017).
[3] G. Benenti, K. Saito, and G. Casati, Phys. Rev. Lett. 106, 230602 (2011).
[4] K. Ito and T. Miyadera, arXiv:1711.02322 (2017).
[5] I. Marvian, R. W. Spekkens, and P. Zanardi, Phys. Rev. A 93, 052331 (2016).