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以下に具体的なテーマの概要を幾つか挙げます。
金属中の不純物を徐々に増やしていくと、ある濃度に達したところで絶縁体になります。 これは、水面の波が杭に散乱されて前へ進めなくなるのと同じように、電子波が不純物に散乱されて伝導できなくなるからです。 この現象を「アンダーソン局在」といいます。電子波が「局在」(空間的に広がっていけない状態のこと)するかどうかは、 不純物濃度と電子波のエネルギーに依ります。 また、局在している場合にも、どれくらい強く局在しているかを知る必要があります。
これらのことを知るために、新しいモデル(一部で Hatano-Nelson モデルと呼ばれる)を提唱しました。 このモデルでは、不純物を含んだ金属のモデルに、本来物理的にはあり得ない「虚数ベクトルポテンシャル」を導入して、 ハミルトニアンを非エルミートにします。故意に非エルミートにしたハミルトニアンの複素固有値を調べると、 本来知りたかった電子の局在状態の様子を知ることができるのです。
参考文献
N. Hatano and D.R. Nelson, Phys. Rev. B 56 (1997) 8651--8673.
N. Hatano and D.R. Nelson, Phys. Rev. B 56 (1997) 8651--8673.
N. Hatano and D.R. Nelson, Phys. Rev. B 58 (1998) 8384--8390.
N. Hatano, Physica A 254 (1998) 317--331.
羽田野 直道,日本物理学会誌 53 (1998) 826--833.
羽田野 直道,固体物理 34 (1999) 257--262.
量子力学的共鳴状態は、多くの量子力学の教科書では「複素固有値を持っていると仮に理解すると便利である」という表現で現象論的に議論されています。しかし、実際には開いた量子系に対するシュレーディンガー方程式の固有状態として正確に定義することが可能です。その波動関数は(固有エネルギーの虚部のために)時間的に減衰しますが、(固有波数の虚部のために)空間的には遠方で発散するという形をしています。一見、不思議な波動関数ですが、それに対して粒子数保存を議論することもでき、数値的に正確に追跡することもできます。
共鳴状態についての数理物理学的な理解は、まだこのような基礎的なレベルに留まっています。量子ドットにおける共鳴現象の解明と併せて、今後、大いに発展させようと考えています。
アンダーソン局在や共鳴状態、非平衡モデルの研究のためには、非エルミート行列の固有値分布を知る必要があります。 統計物理的性質を知るためには、非常に大きな(100万×100万行列程度の) 非エルミート行列の固有値を計算しなければいけない場合があります。 ところが、現在は巨大な非エルミート行列の固有値分布を効率良く計算するアルゴリズムがありません。 そこで、物理を研究する道具としての数値計算アルゴリズムを開発中です。
具体的には、共役傾斜法とランチョス法という2つの方法を組み合わせて、 非エルミート行列のグリーン関数のノルム(絶対値のようなもの)を、複素エネルギー平面上で計算します。 3次元プロットによって固有値分布の構造を知ることができます。
新しい成果として、スピン軌道相互作用を非可換ゲージ場理論(Yang-Mills理論)で扱えることを指摘しました。その理解を基にして、完全スピンフィルターを構成することに成功しました。 完全スピンフィルターとは、量子細線を使った電子の干渉路で、一方からスピンが混合した電子群を入射しても、もう一方から下向きのスピンしか出てこないような回路です。我々は、どのような入射エネルギーでも完全であるスピンフィルターの構成に成功しました
参考文献
N. Hatano, R. Shirasaki and H. Nakamura, Phys. Rev. A 75 (2007) 032107.
N. Hatano, R. Shirasaki and H. Nakamura, Solid State Commun 141 (2007) 79--83.
そこで我々は汚染物質の風による移動について初めて風速のフラクタル性を取り入れた異常拡散の数理モデルを提唱しました。 このモデルの解析解は 10 年という長期にわたるチェルノブイリでの放射性塵のデータや、北極海上空でのオゾンの測定データと見事な一致を示しました。 また土中の汚染物質の異常拡散についても岩石による吸着のフラクタル性を考慮した数理モデルを作り、実験データを非常によく再現しました。
これらの研究から、長期的また広域的な環境変化の予測には自然現象のフラクタル性を 考慮することが不可欠であると考えています。 そこでこのような効果をとりいれた基礎的な数理モデルを開発し、環境汚染や地球温暖化の予測などに貢献したいと思います。
参考文献
Y. Hatano and N. Hatano,
Water Resources Research 34 (1998) 1027--1033.
Y. Hatano, N. Hatano, H. Amano, T. Ueno, A.K. Sukhoruchkin, and S.V. Kazakov,
Atmospheric Environment 32 (1998) 2587--2594.
Y. Hatano and N. Hatano, Z. Geomorpho. N.F., Suupl.-Bd. 116 (1999) 45--58.