セミナー概要

日時:2011年5月18日(水)10:00~

講師:田中宗さん(東大理化、学振特別研究員)

タイトル:透明状態のあるPottsモデルの相転移と秩序融解過程

概要:自発的対称性を伴う相転移の研究は、平衡統計物理学の中心課題の一つである。強磁性Pottsモデルは、相転移点における離散的な対称性の自発的破れを統一的に取り扱うことのできる、最もシンプルなモデルである。Pottsモデルはイジングモデルからの素直な拡張としての純粋数理物理学的興味のみならず、いくつかの実験において観測される相転移現象を説明しうるモデルとしてもその地位を確立している。離散的対称性を破る相転移の転移の次数、さらには臨界指数が、同じ離散的対称性を破るPottsモデルのそれらと一致するという、きわめて美しい結果がいくつか提示されてきた。しかしそのような状況が当てはまらない相転移も存在する。ある種の2次元フラストレーション系に見られる、3回対称性を自発的に破る1次相転移[1,2,3]がその一例である。2次元3状態強磁性Pottsモデルは2次転移を示すという常識と、この結果とは相反する。そこで我々はPottsモデルを拡張することで転移の次数を変化させることができるか? という問題を検討した。通常q状態Pottsモデルにおいては、q個の状態を取り得る変数から構成される。我々はそこに「透明状態」と呼ばれる状態を導入した[4]。透明状態は内部エネルギーに影響を与えないが、エントロピーや自由エネルギーを変化させる状態である。透明状態を導入することで、qが4以下の場合、もともと2次転移を起こす強磁性Pottsモデルが1次転移を起こすことがモンテカルロシミュレーション・平均場近似により明らかになった[4,5]。我々のモデルはPottsモデルの素直な拡張であり、統計物理学的に基礎的なモデルと言える。ただし、本研究における1次転移を引き起こす「黒幕」である透明状態が、実際の系において何に対応するかを明確にすることは今後の課題である。 また、1次転移を引き起こす系は、非平衡状態にも特徴的な興味深い振る舞いが多数知られている。近年、ガラス転移と1次相転移点近傍の動的過程の関係について興味が持たれている[6]。我々は、転移点よりわずかに高温における、完全に秩序化された状態からの秩序の融解過程を調べた[7]。また、透明状態はある種の揺らぎと見なせることから、最適化問題に対する新しい応用につながる可能性があると考えている[8]。

本研究は田村亮氏(東大物性研)、川島直輝教授(東大物性研)との共同研究である。

References:

[1] R. Tamura and N. Kawashima, J. Phys. Soc. Jpn., 77 103002 (2008).
[2] E. M. Stoudenmire, S. Trebst and L. Balents, Phys. Rev. B 79, 214436 (2009).
[3] S. Okumura, H. Kawamura, T. Ohkubo, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn., 79 114705 (2010).
[4] R. Tamura, S. Tanaka, and N. Kawashima, Prog. Theor. Phys., 124 381 (2010).
[5] S. Tanaka, R. Tamura, and N. Kawashima, arXiv:1102.5475.
[6] F. Krzakala and L. Zdeborova, J. Chem. Phys. 134, 034512 (2011), J. Chem. Phys. 134, 034513 (2011).
[7] S. Tanaka and R. Tamura, arXiv:1012.4254.
[8] S. Tanaka, R. Tamura, I. Sato, and K. Kurihara, arXiv:1104.3246.